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〜出口のないトンネルなんてない〜

鬱田シノの人生 〜第4章〜『高校編』

▽〜第3章〜『中学校編』 

前回のあらすじ】家畜の様な右に倣え精神に嫌悪感を抱き、個性を磨いていた『鬱田シノ』は“あたりまえ”を嫌い、他人と違う生き方を好み、それが“カッコイイ”と中二特有の病気を患っていた。中学を卒業する事によって長年一緒に過ごしてきた仲間達と涙を交わし別れ、各々別々の道へ進み、新しい環境が始まったーーー。

utsudashinou.hatenablog.com

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頭の悪い高校へ入学

偏差値が下から数えてすぐの県立高校に入った。クラスの男子とは気が合い直ぐに打ち解けグループが出来た。女子はギャル率が高く、ジャックスパ◯ウから魔人◯ウまで多種多様だった。

部活動はサッカー部に入ったが、先輩が全員ゴリラみたいなギャル男だったから辞めた(この時に10年間続けていたサッカーを軽々と引退)。

帰宅部となり、クラスの友達とラーメンを食べ歩いたり、カラオケ行ったり、ゲーセン行ったりなThe王道の高校生活を送り始めた。

  

兄の上京

僕が高校2年生になるタイミングで、2個上の兄が高校を卒業し、上京する事になった。通う専門学校が昔の家から近かった事で、父元の家で面倒を見てもらう事になった。兄とは喧嘩の頻度も高く、当時思春期だった僕は「早く出てけよ」、「これで部屋が自由に使えるぞ〜」なんて思っていた。

兄が家を出る日がやってきた。16~7年間ずっと一緒に毎日顔を合わせていた兄が、大きな鞄を背負い、家から背を向けた。バス停まで母と、ばあちゃんと、僕の三人で見送りに行った。バスに乗り込み、窓から寂しげな表情を浮かべる兄の姿を見て母は泣いていた。僕も涙を溜め込んだが我慢した。外で泣く事が、人前で泣く事が恥ずかしいと思ったからだ。無情にも時計の針は動き続け、バスが出発した。

暗い面持ちで家へ帰り、何気なく兄の部屋を覗いた。いつもの生活感が漂う空気が無く、物が全て無くなっていた。そこで初めて、あたりまえに毎日一緒だった兄と明日から過ごす事ができない、ケンカする事も、ゲームする事も、どうでもいい話をする事もできないことを実感し、声に出して泣いた。それから数日間、兄貴ロスが続きなんとか落ち着いた。(人間の環境適応能力って凄まじい。)そして、母親と殆ど2人暮らしレベルの状態になった。

 

親不孝者の反抗期

母は片親で仕事をしつつ、片道10kg以上の通学を毎往復、送迎してくれていた。親不孝絶頂期だった。我儘ばかり言い付けて、それでも片親の母がなんでもこなしてくれる事に甘えていた。思い出そうとしても思い出せないような理由でよく言い争いになっていた。ベッドに潜り、拗ねている僕に対抗してくる母の足を一度だけ蹴ってしまった事があった。母は蹴られたショックからか痛みからか、泣いてしまった。その時の自分に対しての不甲斐ない気持ちが今でも忘れられない。

言い争う事も多かったが、仲は良かった。毎日小さい部屋で一緒にテレビを見ながらご飯を食べ、深夜アニメや漫画も布教していた。TSUTAYAで一週間にマンガ30冊は借りていた。当時は楽しく見てくれていたと思っていたが、片親で忙しい中、そんな時間なんてあったのだろうかと。僕と話をする話題を作るために合わせてくれていたんじゃないかと今になって思う。

 

学校では携帯ゲームが流行っていた。

男の9割がDSやPSPを所持していて授業中とか休み時間にマリカーを8人×2チームとかでやっていた。僕はボンバーマンが強かった。DS本体の名前設定を「ボンバーキング」にしていた() 昼休みはがっつりモンハン

移動教室もマルチゲームしながら集団で歩いてて他のクラスにキモがられていた。 通称、ヲタクラス。見た目はチャラそうな奴ばかりなのにギャップがヤバい。深夜アニメも音楽もめちゃくちゃクラスで布教した。オタ友の輪が広がった。さすが若者、順応性が高い() でもミーハー嫌いな性分は続いており、オススメのバンドなんか薦めつつ、友達のメールアドレスが急にそのバンド名のアドレスとかになってると「クソニワカかよwww」なんて煽る事もあった。

なんか子供の頃って面倒くさいよね() 人と好きなものを共感したいけど、紹介したものが自分以上に好き好きアピールされると嫌悪するみたいな。誰しも一度くらいはこんな経験あるよね。

 

学年美少女ランキング

沖縄への修学旅行中、クラスの野郎共で「学年美少女ランキング作ろうぜ」みたいなあるあるが起きた。1位になった子は4つ隣のクラス、黒髪パッツンでロリ系の子。ギャルが多い学校の中で、清楚な少女は目立っていた。その子を見かける度、気になるようになっていた。この頃もまだpspsモバスペ等の個人ホムペが流行っており、その子のホムペも容易く見付かった。BBS(足跡)みたいな機能があって、友達とノリでその子にコンタクトをとってみた。「同じ学校◯組の鬱田です。よかったら絡みませんか?」なんていう王道パターンw すげードキドキしてレス待ちしてたら…返信が来た。返事の内容は覚えていないが、そのままメールアドレスを交換し、連絡を取るようになっていた。そして会う事になった。初めてちゃんと会う約束をしたのは休日だった。もちろん学校では喋ったこともない。(ウブだシノ…)

初対面当日、地元から2駅隣の栄えている駅で待ち合わせだった。ソワソワした。待ちわせ場所で座っていると声が掛かった。そして、目を疑った。「鬱田…くん?」その声をかけてきた女性は金髪ウィッグにたくさんのリボン、派手な化粧に、派手な格好。所謂、デコラだった。「◯◯さん…!?学校とめちゃくちゃ雰囲気違うね…w」そんなニュアンスの第一声だったと思う。

それでも僕は彼女に惹かれていった。小さくて可愛かった(単純) それからは(何故か)直ぐに付き合うことになった。皆に内緒にしてた。二人とも朝早く学校に来て廊下の一番隅、人が来ない柱の陰とかで談笑していた。まぁそんなのは直ぐにバレるw噂は広がり周知の事となった。

結果、開き直り、堂々と付き合い始めた。放課後のチャイムが鳴り、先に出た方が廊下で待つスタイル。友達を差し置いて、僕の家でほぼ毎日遊ぶようになった。 母も仲良くなり始め、僕が居ない時でも彼女を駅まで車で送ってあげたりしていた。その子の影響でV系にハマった。アイラインとか引いて学校行くようになったニャッピーo(≧∀≦)o(黒歴史)

そして1年ほど月日が流れ、彼女と別れた。理由は、たまに彼女から鼻毛が出ていたからだ。それによって僕の心は病んだ。言えなかった。可愛い子から鼻毛が出てるなんて現実が受け入れられなかった。この頃の僕は弱かった。鼻毛にさえ勝つことが出来なかった。理由を告げることも出来ず、誰にも相談出来ず、別れた。思春期の感性って難しかったなって今思う。

 

免許証発行してください!オナシャス!

高校三年の冬にもなると教習所に通いだした。田舎特有、車にこだわる奴が多かった。色んな車に乗せてもらいゲーセンまわって美少女フィギュアとか乱獲してた。

そして、高校を卒業した。

 

第5章に続く 

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