Destroy Monday

〜出口のないトンネルなんてない〜

鬱田シノの人生 〜第2章〜『小学校編』

 ▽〜第1章〜『事故紹介』 

前回のあらすじ】弱小ブロガーの「鬱田シノ」は初めて雑記ブログをつくる。特化型のブログをやりすぎた結果、需要の層を気にしすぎて文章がつまらない事に悩んでいた。口癖は「指が紳士」「書きたいことも書けないこんな世の中じゃpoison」そんな事を口走っていた。そうして始めた雑記ブログ。「鬱田シノ」はこれからどんな内容の記事を書いていくのだろうか・・・。

utsudashinou.hatenablog.com

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幼少期の鬱田

Q.なぜ、小学生から書き始めるのか?

まずはそこから話そう。A.小学生未満の記憶なんて塵も無いからだ。

(※日常的なアルコールの摂取は記憶力の低下に繋がるので気を付けましょう。)

 

唯一、記憶があるとすればアメリカンドッグが好きだった事、ブラウン管のテレビに映るミニスカのお姉さんに画面越しにキスをしていた事くらいだ。そんな事はどうでもいい。かろうじて記憶がある小学生時代から僕の物語を書き綴っていこう。

 

ボールは友達

小学1年生の時からサッカーを習わされていて、地域のクラブチームに所属。なぜか背番号10番を背負っていた。サッカーは楽しかった。チームでボールを繋いでゴールを目指す。社会の縮図そのものだった。チームメイトと連携し、目的を果たす。それがサッカーだ。だが、チームプレイというのは時には邪魔でしかない。パスミスやトラップミス、点を決めれらるところでの失敗、点を止められるところでの失点。時には人にイライラする事もあった。が、自分ももちろんミスをする。人の足を引っ張っていると感じる時もある。それがチームだ。お互いに支えあって足りないものを補う事でチームとしての質が上がる。この頃から僕は仲間を、友達を大事にするようになっていた。

 

汚れを知らない時代

何も知らない若かりし頃の僕は「世界は綺麗なものだ」と思っていた。純粋に「ただ生きる」だけだった僕に何も不安概念など無かった。が、時は来た。

サッカーと同時に水泳も習っていた。頻繁に通い、泳ぎ方を覚える。階級が上がる試験が定期的にあった。25mを泳ぎきるテストだった。気合が入っていた。スタートの合図と同時に勢い良く壁を蹴りスタートする。が、その勢いで糞を漏らす。試験には合格したが、何かを失った。そして初めて「汚いモノを知った。」

 

アナログな過去

学校の放課後は校庭でサッカーや缶蹴り、かくれんぼをして遊んでいた。今の時代のような文化はこの頃にはなかった。学校近くの風情ある駄菓子屋に通い、暖簾下のベンチでブタメンを食べるのが好きだった(この頃から僕のラーメン道は始まっていた)

さすがにゲームはあったけどね。SFC(スーパーファミコン)PS(プレイステーション)の時代かな?N64はちょっとしたら出たような。ボンバーマン、カービィーSPDX、スマブラ、ゼル伝(時オカ、ムジュラ)なんかはめちゃくちゃやった気がする。

学校では交換日記やプロフィールノート(?)と手紙を書くのが流行っていた。愛してる」を知りたかったのかもしれない。ちょっと気になる子と交換するのがドキドキしてたまらなく楽しかった。

 

両親が離婚した

小学5年生の頃に両親が離婚し母方に引き取られ、母と兄と田舎のばあちゃん家に住み始めた。離婚の原因は父の金遣いの荒さ、乱暴なところ、頑固さからくるものだった。

初めての転校で仲の良い友達との別れが切なくて悲しい気持ちを知った。が、父との別れは寂しくはなかった。現実味が無かった。

新しい家、新しい生活、転校して新しい友達が出来た。第一印象最悪のガキ大将。最初はお互い嫌悪していたが、いつの間にか一番仲良くなっていた。6年生にして彼女的なものも居た記憶もあるが頭が痛い。

 

3章へ続く

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