Destroy Monday

〜出口のないトンネルなんてない〜

GAME OVERしかない「人生ゲーム」なんてクソゲーだ!

寝て起きたら朝になる。その朝が永遠と来ないような感覚なのだろうか。そもそも感覚なんてものはない。

夢の中で生き続けるのだろうか。夢を見る脳がない。

この意識が生まれる前も世界は普通に動いていたのだろうか。

死ぬのが怖い。

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世の中の固定概念

「7日の内、5日は働きましょう。24時間の内、8時間は働きましょう。」

一日の1/3をやりたくもない仕事に充てる人生なんて死んだ方がマシ!と思ってしまう。これから何年、何十年と時間を無駄に消耗していく日々になんの価値があるだろうか。

起きたくもない朝、終わってほしくない日曜日。そんなカレンダーに罰を付けていくだけのゲームは御免だ。

「仕事が楽しい!最高!」なんて人はおそらく人生の成功者(?)だろう。これまでの人生で努力した期間があったか、もしくは天賦の才だ。素直に羨ましい。

 

平凡な生活に終止符を

至って普通の生き方をしてきた。普通の家庭に生まれ、普通の環境で育ち、普通に遊び、普通の仕事をしてきた。それを人は〝幸せ〟と呼ぶのかもしれない。が、僕はそんな〝普通〟にうんざりしていた。これといって特技もない。人並にある程度何でも出来る事が特技なのかもしれないが、なにかしら特化したモノが欲しかった。現代ではその特化した部分で、自己表現の上手い人が成功しているケースが多い。

2018年夏、仕事を辞めた。高校では情報科、専門ではデザイン科。やりたい仕事も見付からず、惰性に働いてはニート惰性に働いてはニートを繰り返してきた。職務経歴を犠牲に、国から支給される紙切れは取り零しなく、上手く生きてきた。が、そんな惰性に生きるのにも疲れてしまった。この先一生履歴書を書くことはないだろう。

 

「なんの為に生きてるのだろう?」

長年の疑問だ。煽りでもないが純粋に「何が楽しくて生きてるの?」って人に訊ねる事がある。皆〝普通〟で居ることを幸せに思ってる事が多い。

僕は「裕福になりたい」「楽しい事だけしていたい」「普通じゃつまらない」と思う性質だ。金持ちになって人生を謳歌するか、希望を無くし土に還るか究極の二択で生きている。

「悲しいこともあれば嬉しいこともある」聞き飽きた言葉だ。楽しいこと3割の為に辛いこと7割が待っている世の中。その〝あたりまえ〟を受け入れていいのだろうか。100歩譲って辛いことは1割で留めたい。

 

時間は有限である

全ての生命体の終着点に等しくあるものが〝死〟だ。この意識が一生モノじゃないって考えると物凄く怖い。

不意に訪れる想定外の死より、意図的に想定した死の方がよっぽどメリットがあると思ってしまう。

生きたい時に死ぬより、死にたい時に死ぬ。

幸せな時に死ぬより、不幸な時に死ぬ。

苦しいまま生きてたってそれが正しいとは限らない。

こういう話をすると「病んでる?」なんてよく投げ掛けられるが、僕は「能天気?」と心の中で返している。

 

人生100年時代

1/4を到に超え、刻一刻と死に向かって過ぎ去る時間の中で、僕は未だに正解が分からない。いや、一生分からないのかもしれない。前向きに能天気に生きる方がよっぽど利口なのかもしれない。

容姿を整え、金を稼ぎ、美味しいものを食べる。人生において色々な形で経験値を積む事が出来るが、それも一時的な満足に過ぎず、この人生ゲームをクリアする事は出来ない。電脳世界が実装された時に初めて肉体は器、意識の転生が成功しGAME CLEARと呼べるのかもしれない。

何を思い、どう生きるのか。人によって多種多様な意見があると思う。僕が異端なだけで普通の人はごく普通に人生を楽しんでいるだろう。それが時には羨ましくも感じてしまう。

 

あなたはどんな風に生きる?